表現

◆日本有数の観光神社も地元の人にとっては普段の生活路。物の価値は人の立場によって大きく変わるように感じます。
◆日本有数の観光神社も地元の人にとっては普段の生活路。物の価値は人の立場によって大きく変わるように感じます。


引っ越し転校を繰り返し土着の人間関係を持っていない自分は、子供の頃に過ごした場所に帰ると色々感じます。その色々はまぁなんとも言えない複雑な感覚で、他人に伝えようとしてもなかなか形になりません。 

 

どんな人でも表面上からだけではその人が形成された背景までは100%知ることは出来ません。   比較的頻繁に会う人でも 意外と深くは知らずに付き合っていることも多いと思います。


お互いにどんな"モノ"を背負って生きているかなど 知り得ないまま、一方的に他人を批判してしまう事もあります。逆に知ったつもりで信用してしまうこともあります。


様々な人間がほぼ同じ価値基準の1つの社会で協調しあって生活することは 時に特定の人に歪みやしわ寄せがいってしまうことになることもあると思います。


当たり前で仕方のないことですが、そんな中でも、 自分はこう言う人ですよ理解してください、 などと言う気持ちが、 無意識にも自己表現として日常のふるまいや、職業、趣味の方向性として表現されるのだと思います。


そうして表現されたものが、 様々な物事を媒体として 、相手の中にある何かと結びついて‘伝わる’ことがあるのだと思います。


伝わった瞬間 人は自分を理解してくれる人がいる事への安心や喜びを感じて、自分が生きている価値や認識、つまり自尊心を得て行くのかなと思います。

 

でも"伝わること"は決して押付や誘導にならずに、あくまでも相手の中の経験や感覚にある何かに変換されて自然と伝わる事。


強引に自分を認めさせようとしても、 それは一時の優越感しか得られず  本質的に自らの心が満たされるわけではない事は  何となくでも人生積み重ねてくれば解る気がしますね。


さて、

言葉であっても音楽であっても映画であっても、人が意図して物事を表現して伝えようとする時にも、  相手の中にある経験や感覚など、何かを媒体として自然と伝わる、そういう事が起こせる表現というのが イイ表現なのかなぁとも思います。

 

もっとも 意図せずとも自然と伝わってしまう事の方が本質的に‘伝わる’事なのだとも思いますが。  

'伝わる' 表現には 発し手 も 受け手 も先入観無く向き合わないといけないんだなと感じます。


最終的には受け手の心の中で完結される事なので、 手を離れた表現がどう伝わったかは知る由もないところも意図的表現の面白さだとも感じます。


10人居れば10人感じ方が違うわけですし、そんな個々が70億人も集まって生活してるわけです。

正解を得られないところも表現の奥深さでしょうか。



★また発せられた表現が 受けた人の心の中で長く生き続け 更に形を変えて響き続けることもあると思います。


そしてその人の生き甲斐や、前に進む力の根源となる事もあると思います。

それは表現の持つ力の本当に素晴らしい部分だと感じます。

その時初めて表現がその人にとっての芸術となるのかも知れません!



ライフスタイルや服装/装飾品など意識的なものから、無意識にも食べ方、歩き方、しゃべり方に至るまで、人は誰でも日常の中で自己表現をしているようにも見えます。

自分でも気付かない部分で実は

自分の存在を確かめる様に小さな表現の積み重ねをしているのだと思います。


他人に共感してもらえたり自分を理解してもらうことで自信を持つことができるからだと思います。


表現すること自体は他人のためと言うより自分のためのような気がします。


自尊心を失うと生きていくのが苦しくなりますよね。


★人間は自尊心を得るために 良い事も 悪い事も自己表現としてするのだと思います。


そして自己表現をしてそれを認めてくれて自分に自尊心を与えてくれるのは結局"人間"なのだと思います。


★逆に言えば自尊心は自分が他人に与えることもできます。


他人のために役に立ち感謝されたりすると それは結局自分の自尊心にも繋がりますね。


他人の人生に敬意や思いやりを持って他人のために何かをすること、これも表現することの1つの行き着く先のようにも思えます。


他人のために何かをすること

=仕事。


他人のために仕事をして感謝されそれが自尊心に繋がるなら

他人のため=自分のため


自分の存在確認のための表現も自分のためなら


表現=自分のため=他人のため=仕事


全てが繋がって人は生きて行けるのだと

だとも思いました。



さあ、晩飯だ。


渋谷に一人一人がたくさん。
渋谷に一人一人がたくさん。


この一人一人がご飯を食べ排出し、親があり親がなく、傷つけたり付けられたり、5分後の目的、今晩、明日の予定があると思うと凄まじい。

人生は奇跡の積み重ねで互いに尊重し合うもの。


だのによくそれを忘れてしまうもの。


みたいなゲロゲロ。